2010年2月6日土曜日

☆☆思想としての近代経済学


思想としての近代経済学
森嶋通夫 1923/7/18~2004/7/13
岩波新書1994/2

Ⅰビジョンと理論
 市場の多様化と価格機能
1.リカード 2.ワルラス 3.シュンペーター
4.ヒックス 5.高田保馬 6.ビクセル

Ⅱビジョンの充実
 経済学と社会学の総合
7.マルクス 8.ウェーバー 9.パレート

Ⅲパラダイムの転換
 自由放任から修正主義へ
1.フォン・ミーゼス 2.ケインズ




森嶋通夫 1923/7/18~2004/7/13








デヴィッド・リカード 
David Ricardo
(1772年4月19日 - 1823年9月11日)
 経済学を体系化することに貢献し、古典派経済学の経済学者の中で最も影響力のあった一人であり、経済学のなかではアダム・スミスと並んで評される。彼は実業家としても成功し、多くの財を築いた。

 リカードは、1799年に出版されたアダム・スミスの『国富論』を読み、経済学に興味を持つようになった。その少し前の1797年にイングランド銀行が金本位制を停止し不換紙幣の増発からインフレーションを招来することになったが、これについて1810年にリカード(38歳)は『地金の価格高騰について──紙幣暴落の証明』(The High Price of Bullion, a Proof of the Depreciation of Bank Notes)という小論を発表、貨幣数量説に立って金本位制への復帰を主張した。







マリ・エスプリ・レオン・ワルラス 
Marie Esprit Léon Walras
(1834年12月16日 - 1910年1月5日)

 フランス生まれのスイスの経済学者。ヨーゼフ・シュンペーターによって「すべての経済学者の中で最も偉大」と評された[1]。また、経済学的分析に数学的手法を積極的に活用し、一般均衡理論の創造に参画した。

 ワルラスはまた社会改革の理想も父から受け継いだ。同時代のイギリスでファビアン協会に集まった社会主義者たちと同様、レオン・ワルラスは土地の国有化を提唱しており、地価はつねに上昇するので地代収入によって国家は課税の必要がなくなると論じた。









ヨーゼフ・アーロイス・シュンペーター 
Joseph Alois Schumpeter
(1883年2月8日 - 1950年1月8日)
 オーストリア出身の経済学者である。企業者の行う不断のイノベーション(革新)が経済を変動させるという理論を構築した。

 資本主義経済ではイノベーションの実行は事前に通貨を必要とするが、起業者は既存のマネーを持たないから、これに対応する通貨は新たに創造されるのが本質であるとシュンペーターは考えた。

すなわちイノベーションを行う起業者が銀行から信用貸出を受け、それに伴い銀行システムで通貨が創造されるという信用創造の過程を重視した。貨幣や信用を実体経済を包むだけの名目上の存在とみなす古典派の貨幣ヴェール観と対照的である。

「銀行家は単に購買力という商品の仲介商人なのではなく、またこれを第一義とするのではなく、なによりもこの商品の生産者である。・・彼は新結合の遂行を可能にし、いわば国民経済の名において新結合を遂行する全権能を与える」とシュンペーターは語っている。







ジョン・リチャード・ヒックス
John Richard Hicks
( 1904年4月8日 - 1989年5月20日)
 英国の経済学者。経済学において最も重要かつ影響力のある経済学者の一人として名高い評価を受けている。現在のミクロ経済学・マクロ経済学の全域に貢献した。ケインズサーカスの関係者である。爵位を賜ったことと学問的業績に敬意を表して「ヒックス卿」や彼以降、経済学が非常に細分化されたために「最後の偉大な経済学者」・「最後の伝説」や経済学の中心が英国からアメリカに移ったことから「英国最後の大経済学者」などとも呼ばれる。







高田 保馬
(1883年(明治16年)12月27日 - 1972年(昭和47年)2月2日)
 経済学者、社会学者、社会経済学者。文学博士。文化功労者。京都大学名誉教授。大阪大学名誉教授。
 
 「総合社会学」を否定し、独自の視点からジンメルの掲げた「形式社会学」の彫琢に努める。佐賀県内の多くの学校の校歌の作詞も手がけている。「勢力論」を提唱したことでも知られる。








ユーハン・グスタフ・クヌート・ヴィクセル
Johan Gustaf Knut Wicksell
(1851年12月20日 - 1926年5月3日)

 スウェーデンの経済学者。スウェーデン学派の祖。
 
 ヴィクセルの主要な知的ライバルは、経済はほとんど専ら長期価格の上に安定する、という貨幣数量説のより簡潔な説明を支持したアメリカの経済学者アーヴィング・フィッシャーだった。ヴィクセルの理論はこれに比べると、実体経済における変化の体系の中の利子率に始まる、かなり複雑なものだった。二人の経済学者は共に自分の理論から、景気循環(そして経済恐慌)の本質は政府の金融政策であると結論づけたが、彼等の間の意見の不一致は生涯解決されなかった。そして実際、半世紀の後に、ケインジアンとマネタリストとの間で政策論争が受け継がれた。







カール・ハインリヒ・マルクス
Karl Heinrich Marx
( 1818年5月5日 - 1883年3月14日)
 ドイツの経済学者、哲学者、革命家、ジャーナリスト。20世紀において最も影響力があった思想家の一人とされる。








マックス・ヴェーバー
Max Weber
(1864年4月21日 - 1920年6月14日)
 ドイツの社会学者・経済学者である。マックス・ウェーバーと表記されることもある(正式な名前はカール・エミール・マクスィミリアン・ヴェーバー (Karl Emil Maximilian Weber)。マックスはマクスィミリアンの省略形である)。同じく社会学者・経済学者のアルフレート・ヴェーバーの兄である。

 比較宗教社会学は、「世界宗教の経済倫理」という形で研究課題として一般化され、古代ユダヤ教、ヒンドゥー教、仏教、儒教、道教などの研究へと進んだが、原始キリスト教、カトリック、イスラム教へと続き、プロテスタンティズムへ再度戻っていくという壮大な研究は未完に終わった。

1911年 「世界宗教の経済倫理」の執筆を開始。
1916年 「儒教と道教」「ヒンドゥー教と仏教」を発表。
1917年 「古代ユダヤ教」を発表。








ヴィルフレド・パレート
Vilfredo Frederico Damaso Pareto
(1848年7月15日 - 1923年8月19日)
 イタリアの技師、経済学者、社会学者、哲学者。

 数理経済学の実証的な手法(統計分析)を用いて、経済社会における富の偏在(所得分布の不均衡)を明らかにした。これはパレートの法則とよばれている。この法則は、2割の高額所得者のもとに社会全体の8割の富が集中し、残りの2割の富が8割の低所得者に配分されるというものである。

 パレートは、このような概念によって、社会全体の福利の適正配分と効用の最大化を目指す経済政策を理論的に基礎づけ、厚生経済学におけるパイオニア的存在となった。







ルードヴィヒ・フォン・ミーゼス
Ludwig von Mises
(1881年9月29日 - 1973年10月10日)
 オーストリア・ハンガリー帝国出身の経済学者であり、現代自由主義思想に大きな影響を及ぼした。

 オーストリア学派を代表する一人と見なされている。古典的自由主義のために広範な著述や講演をおこなった。経済計算論争などで計画経済を鋭く批判したことで知られている、またファシズムを左翼に分類した点で画期的であり、門人のハイエクなどにも受け継がれる。貨幣的景気理論も有名である。







ジョン・メイナード・ケインズ
John Maynard Keynes
(1883年6月5日 - 1946年4月21日)
 イギリス生まれ、20世紀学問史において最重要人物の一人とされる。

 経済学者、ジャーナリスト、思想家、投資家、官僚。経済学において有効需要(着想自体はミハウ・カレツキが先であるとされる)に基いてケインズサーカスを率いてマクロ経済学を確立させた。

 経済学の大家アルフレッド・マーシャルの弟子であり、論敵アーサー・セシル・ピグーとは兄弟弟子、ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインやブルームズベリー・グループとの交流は有名。

 ケインズサーカスとは、ジョン・メイナード・ケインズが一般理論を立脚させるために指揮した若手学者集団。このサーカスに関係した経済学者はいずれも世界的経済学者となった、多数のノーベル経済学賞受賞者を輩出している。
 主要メンバー
ジョーン・ロビンソン
リチャード・カーン
ピエロ・スラッファ
ジェームス・ミード
オースティン・ロビンソン





0 件のコメント:

コメントを投稿